絶望

※これから始まる物語は事実と虚構の妄想紀行文……。



閑さや岩にしみ入蝉の声

 女は忽然と姿を消した。理由も分らぬまま、行き先も告げず。男は悲しんだ、そして男は再び何もしなくなった。

 それから数カ月が経ち、数年が経った。男は住所を失い、持ち物は学生時代に勝った登山用の大きなリュックサックに入る分だけとなった。それは生活のために削り取られたのではなく、奪い去られた後残りかすであった。女が去ってから、男は仕事にも顔を出すことがなくなり、それはそのまま住処を失うことへとつながった。それでも働こうとはしなかった。男の眼に宿っていた暗い絶望の色は灰色から漆黒へと変わり、誰も寄せ付けない。
 しかし、東京という街だけが、彼を見放そうとはしなかった。いや、そんな意思すらないのだろう。男を放置し続け、生かし続けたのだ。世界でも類をみないほど、日本の首都は優しく、働かないものですら生きることができるのだった。ごみという名の食料がそこらじゅうにある街。コンビニのゴミ、スーパーのゴミ。そんなものに群がるカラスのように男は生きた。本能が男を生かし続けたのである。もし、ここが東京ではなく、砂漠であったならば、もしここが草原であったならば飢えによって、自然に殺されていただろう。
 男は死にたいと望みながらも、強い欲求に促され残飯を食らい続け、今の今まで生き続けていた。