落伍者

乗っては無いけど何処かの駅で撮った一


※これから始まる物語は事実と虚構の妄想紀行文……。



  五月雨の降のこしてや光堂

 東京の夏はじめっとして、空気が重い。踏み出す足が重い。汗がじっとりと皮膚から滲み出てくる。その汗をTシャツが、ジーパンが吸い上げ、濡れた衣服たちは重量感を増し、よりいっそう男の足を重くする。そして、今、男は雑踏の中に居た。
 男がいる町は東京の中心地、朝は移動するサラリーマンに覆われ、昼には買い物をしに出てきた学生や主婦たちに覆われる。沢山のビルディングと百貨店、ブランド店、ブッティック、人々は自らの欲望を満たす為足を運ぶ。しかし、そんな猥雑な町にも生活者はいる。駅周辺に新聞紙を敷き、その上で昼から寝ている者、駅のゴミ箱をあさり雑誌を抜き出すと、その雑誌を売り日々の生活の糧にする者、このような浮浪者からアパートを借り、日々の糧を、安い賃金を得る為に時間を切り売りする労働者などぎりぎりの生活をする者の傍らで、嘲笑うかのごとく、高級マンションに住み、雑踏を見下ろす者まで、幅広く内包するのがこの町であった。華やかなイメージを持ち、クリーンな、ハイテクなものを大都市、東京に対して持っている人も少なからずこの世の中にはいるだろうが、実際は新しいものから古いものまで、綺麗なものから汚いものまで内包し、矛盾を抱え、どこかしら死臭を漂わせ、死の一歩手前の腐臭で人々をひきつけているに過ぎない、極めて危険な町であった。

 男は浮浪者だった。大学卒業を出来ず、中退の憂き目を見た男は、仕方なく実家に戻ったが、男に与えられた初めての解放はしばらく経つと苦痛でしかなくなった。男にはやるべき事を見つけることが出来なかった、希望も羨望も無くなった。目は虚ろになり、黒い靄によって頭は覆われてしまった。そして、いつの間にか恐ろしいことも、楽しいことも思いつかなくなり、夢すら見なくなった。起きている時も、寝ている時も、等しく苦痛であり、無意味であった。男は自分が周囲から、そして親からもパラサイトと呼ばれていることも知っていた、それを悔しいとも、憎いとも思うことは無かったが、どこかで焦りはあった。夢を見なくはなったが、夢が無かったわけではなかった。男は妹の就職が決まると親元を離れ、この町へとやってきたのであった。当初、男には住処があった。それはなけなしの貯金で借りた安宿であったが、住所というものがあることは、労働者にとっても重要なことで、すぐにアルバイトも決まることとなった。働きながら徐々に活力を取り戻していき、男の心にも安寧が訪れた。

 独りの暮らしにも慣れ、少しの余裕が出てくると、休みの日を喫茶店で過すようになった。彼は好きな本を読み、少しずつだが日記もつけられるようになった。
 そして、3年の月日が流れ、男には少しばかりの貯金も出来た。男はいつものように、喫茶店で本を読み、旅行雑誌を開いて、旅行の計画を立てていた。勿体無くて行くことのない旅行、それでも男は色んな本を読み生きたいと尾思う場所をメモするのが習慣になっていたのだ。それは孤独な趣味かもしれない、それでも男にとっては唯一の趣味であり、楽しい時間なのであった。だから、喫茶店に居るときの男は本とメモをするノート以外は毎日居る女には気付いてもいなかった。だから、それは突然やってきた災厄のようなものであった。
  
 「あなた、何時もここで何をしているんですか」と少し横柄な感じのする声で男に話しかけてきた。男はそれが自分に向けられたものだと言うことに最初まったく気付かずに、もくもくと本を読んでいた。そして、再び横柄な声が男の耳に入り込んできて、ようやく顔を本から引き離し、ゆっくりと女に顔を向けた。そこには、女が独り当然のようにいた。そして顔が会うと、当たり前のように男の前の席に座ったのだ。


 このとき、男が感じたのえもいわれぬ不安感であった。女がまとっているオーラとも呼ぶべき雰囲気は男を委縮させ、蛇に睨まれた蛙のようにさせてしまった。
 男はいつもどおり店の角、一番暗く、一番目につきにくい場所にいた。それは男のだれからも干渉されたくないという気持ちの表れにほかならなかったのだが、女はそんなことは私には関係ないといわんばかりに、彼の平穏を踏みにじったのだ。
 男は驚き、次に見せた表情は追い詰められ、それでも理不尽さに対する怒りは忘れないといった鋭い陰険な目つきに変わっていた。そう、男もまた蛇だったのだ。暗い湿地を好み、群れることなく存在し、気づいた時には獲物を狩る目つきを持つことの許された人間だった。 
 しかし女は一歩もひるむ様子を見せることはなかった。それは、同族を見つけた歓びに溢れた顔へと変わっていたが、眼だけは爛々と輝き鋭さを増していた。

 女は男の前に座った時と同じように、急に立ち去った。
 「今日はいいわ。また今度会ったときお話でもしましょう」と言うと振り返り返事を待つこともなく店を後にしたのだった。


※まだ更新中。そして、文章も全体がまとまった上で変更予定。中途半端な更新を続けてすまないが、思いつくままに書かせてください。では  オール・ハイル・ルルーシュ